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早い時刻に食べて、脂肪の合成を促進するBMAL1が働かないようにしても、体重が減らない理由

このブログでは、

  夜間でも、食べた栄養の吸収率が高まることはない [1]
  夜間でも、人間は多くのエネルギーを消費している [2]
  従って、夜遅くに(同じものを)食べたからといって、
  それで体重が増えることはないから、ダイエットをあきらめる必要はない [3]

ことを述べてきました。しかし、

  夜遅い時刻に食べると(同じものを早い時刻に食べるより)体重が増える
  その原因は、脂肪合成を促進するBMAL1という物質が夜間に増えるためである

と言っている人たちがいて、ダイエットを挫折しやすくしています [3]
(夕食を減らすのはつらい、という人が多いからです)

今回は、この主張が誤りであることを論じます。

そもそも「遅い時刻に食べさせると体重が増える」という実験結果はない

夕食の時刻が遅い人は体重が重い、という調査結果は多くあります。
しかし、それは、遅い時刻に食べることが体重の重い原因だ、
ということにはなりません。

遅い人は、食事までにだいぶん時間があるからと思って、
夕方、パンやカップラーメンを余分に食べる [4]から体重が重くなるのでしょう。

このような調査で2つの変数(食事時刻と体重)に一定の傾向が見られたときには、
1つの変数が原因で、もう一つの変数がその結果であることを確認するための実験をしなければなりません。

原因と思われる変数を変えてみて、予想どおりの結果が得られるかを試すのですが、この場合は、

  同じ食事で食べる時刻を早くして、体重が減るかどうか、

を調べることになります。

ところが、意外なことに、この実験を行って確実に体重が減ったという研究報告はないのです。

だれでも思い付く実験で、費用もそう掛からないはずなのに、「ない」のは、

  「同じ食事を早い時刻に食べても、体重は減らない」

のが正しいことを支持する事実です。

(このように、調査結果が実験で確認されないときには「相関関係があっても、因果関係はない [5]」といいます)

BMAL1は、脂肪合成の律速段階ではない

BMAL1ノックアウトマウスとは、
遺伝子操作でBMAL1を働かなくしたマウスをいいます。
そのマウスは、脂肪合成を促進するBMAL1の働きがなくなるので、
脂肪を貯えず、普通のマウスより体重が少なくなるはずです。

ところが、実際には、体重増加を起こす [6]こともあるようです。
この結果からすると、体内でBMAL1が少ない、早い時刻に食事を摂ると
かえって体重が増える可能性もあるわけです。

また、この結果から、

  BMAL1は脂肪合成経路の「律速段階」ではない

ことが分かります。「律速段階」とは、
Aを原料にしてBを合成、BからCを合成、Cから…
という化学変化のつながりで、Xが合成されるとき、
処理速度が1番遅くて、合成経路全体の速さを決めている段階をいいます。

もし、BMAL1が律速段階なら、その働きを止めてしまうと、
脂肪合成全体が起こりにくくなり、体重が減るというわけです。

律速段階でないなら、早い時刻に食べても(摂ったエネルギー量に応じた)脂肪がゆっくりと合成されて、体重は減らないことになります。

同様の失敗例に、一時期すたれていた、低インスリンダイエット [7]があります。

食物繊維を多く含む食品の効果
メタボ氏のための体重方程式 [8] p.123より】

その「原理」は、

  食物繊維を多く含む食品を摂ると、糖質の吸収がゆっくりになり、
  血糖値が上がりにくくなって、
  栄養を細胞に取り込む働きがあるインスリンが出にくくなり、
  その結果体重が増えにくくなる

というものでした。

しかし、

  ゆっくりではあっても長い小腸を通る間に糖質は全て吸収される [1]し、
  インスリンが減って細胞に栄養が取り込めなくなるのは重症の糖尿病のときだけ

なので、インスリンが少し出にくくなったからといって、体重が減ることはありません。

今思うと、脂肪を合成させるBMAL1が出にくい時間帯に食事をしても、体重が減らないのと同じ種類の間違いでした。

低インスリンダイエットは、効果がないことがすぐ分かってすたれましたが、
近ごろ、「食べる順番ダイエット [7]」といって、

  食物繊維が多いものから順に食べると体重が減る

という、似たような方法が(また、懲りずに)言われ始めました。
もちろん、効果はありませんので、食事のときはおいしい物から食べてかまいません。

BMAL1ノックアウトマウスの体重が減らない原因として、
次のような可能性もあります。

  1) BMAL1の制御を受けない脂肪合成を行う別の経路がある
  2) 早い時刻に食べると、脂肪の合成を抑制するBMAL1以外のしくみが存在する

つまり、
「脂肪の合成を調節するしくみは、○○が司っている」
といった単純なものではないということです。
○○を捕えなくても、
食べる量さえ減らせば、カロリーが減って体重は減る [9]のです。
(○○のような悪辣な犯人や、それを倒す「銀の弾丸 [10]」は初めから存在しません)

早い時刻に食べたとき、脂肪の合成に使われなかった原料はどこへ行く?

事実とは異なりますが、仮に、BMAL1が律速段階として脂肪合成を抑制するとすれば、
(BMAL1でない他の物質が同じ働きをするときも)
合成に使われなかった脂肪の原料がどうなるのか?
という問題を解決しなければなりません。

体の中である物質が1日に合成される量は、
ホルモン [11]なら数mg、コレステロールでも数100mgです。
これらの物質の合成が抑制されたとき、
合成に使われなかった原料がどうなるか、
そのゆくえについて考える必要はありません。

しかし、脂肪の合成は1日に数10g、1カ月だと数キログラムにもなりえます。
これだけの量があるなら、合成に使われなかった原料を人体がどう処理していくのか考えなければなりません。

人体には、脂肪の原料である糖質を、500gくらいの量までなら
肝臓や筋肉のグリコーゲンとして貯えられるしくみがあります。
ただし、その容量は小さく、
貯えたグリコーゲンが0になっていて、
1日当たり50gの糖質(ご飯1杯分くらいに含まれる糖質)しか余らなくても、
10日で満杯になり、それ以上糖質の形で貯えることはできません。
(脂肪でなら300g=0.3kgで貯えることができます)

蛋白質も脂肪の原料です(え???と思った人は→ [12] [13] [14] [15])。
筋肉には蛋白質が多く含まれていますから、
もし増やすことができれば、余った蛋白質を貯えることができます。

もちろん、筋肉を増やすにはトレーニングが必要だし、
グリコーゲンほどではなくても、貯えられる量にはいずれ限界が来るので、
脂肪のように数10kgも貯えることはできません。

ですから、早い時刻に食べて脂肪の合成が減るとするなら、
脂肪の原料である糖質や蛋白質が余り、
それが酸素と化合して、二酸化炭素と水に分解され
(蛋白質のときは窒素もできる)、
それが吐いた息や尿から排泄されていることになります。

BMAL1が脂肪の合成を高めるなら、消費エネルギーも減らすはずだが…

このとき、糖質でも、蛋白質でも、1gが分解されるときには
必ず4kcalのエネルギーが出ます。
(エネルギー保存、または、ヘスの法則)

したがって、脂肪合成に使われなかった原料が二酸化炭素や水になって、
体から外に排出されているならば、それに伴って、
体の中でできたエネルギー、すなわち消費エネルギーが増えているはずです。
ですから、

  「BMAL1が脂肪の合成を促進して、体重を増やす」

と主張する研究者は、

  「BMAL1ノックアウトマウスは、
  (余った原料を分解するときに出る)消費エネルギーが多い」

ことを立証すれば、

  「BMAL1が脂肪代謝で重要な役割を果たしている」

という説を長らえさせる可能性は残っています。

ただ、BMAL1ノックアウトマウスの体重が増える [6]のが事実ならば、
消費エネルギーは減っていることになるので、その望みは薄いでしょう。

BMAL1の失敗からの教訓

これまで、BMAL1の研究が肥満対策に役立つことはないだろう
という見通しを述べてきました。
ただ、これからも脂肪やエネルギーの代謝のしくみは研究され続けるでしょうから、BMAL1の失敗から次の教訓を得たいと思います。

もし、肥満の改善に役立つほどの研究を目指すならば、早い段階で、
そのしくみが消費エネルギーを変化させることを確かめておくべきです。
エネルギー保存の法則が正しいなら、
体重が減るときには必ず消費エネルギーが増えなければならないからです。

さらに、消費エネルギーを変化させるにしても1%しか変わらないようでは、
体重の変化も同じだけしか期待できませんから、数量的なところは大切 [5]です。

これらの基準を満たせなければ、その研究は役に立たないので、「オッカムの剃刀 [16]」で肥満についての知識体系から、切り離されてしまうでしょう。
ダイエットで結果を出すために使える時間 [17]だけでなく、
研究者が意味のある研究を成し遂げるために使える時間も、
そう長いものではありません。

(このブログのほかの記事では、ブログの表題のこともあり、
 エネルギーのことを「カロリー」と書いてきましたが、
 この記事では内容に合わせて、学術的な「エネルギー」という用語を使いました)