「食べる順番ダイエット」といって、
食物繊維から順に食べると血糖値が上がらず、インスリンが出ないので体重が減る
という原理を主張するダイエット法が出ています。
この原理は、10年ほど前に出た、「低インスリンダイエット」と同じものですが、
低インスリンダイエットは、(浜の真砂ほどもある)とんでもダイエット [1]の中では、
比較的早く廃れました。
その理由は、
実際にやってみると、まったく体重が減らないことがすぐに分かるからです。
また、低インスリンダイエットが出る前の時期ですが、私の診察室で、
糖尿病の患者さんに、食物繊維を多く摂るよう勧めていた [2]時期がありました。
しかし、患者さんの体重が減ることはなく、血糖やHbA1cも下がりませんでした。
【メタボ氏のための体重方程式 [3] p.123より】
同じ原理の、食べる順番ダイエットも効果がないことがすぐに露呈して退場となりますが、
また数年して、同じ原理で名前を変えたダイエットが出ることのないように、
(急激な血糖上昇で)インスリンが分泌されると、その作用で体重が増える
という原理自体の誤りを正しておきます。
原理の誤りは、体を出入りする物質の量を抑える手法で正す
誤りを正すのは、
「短時間の有酸素運動でも体脂肪は減少する [4]」
ことを証明するために使った、
体重が増えるときには、体に入る物質が増えるか、出る物質が減るかのどちらか
が起こっているから、この出入りの量を押さえていく
という手法 [5]を使います。
糖尿病では、インスリン作用で物質の排泄量が減り、体重が増える
まず、糖尿病の患者さんが、食物繊維なしで、糖質を摂った場合、
ブドウ糖が腸管から急速に吸収され、インスリンの相対/絶対不足で血糖値が上がり、
腎排泄閾値を越えると、尿から排泄されます。
一方、健康な人が、同じ条件(食物繊維なし)で糖質を摂るときは、
急速に吸収されたブドウ糖に反応してインスリンが分泌されて、
糖が、筋肉や肝臓に取り込まれてグリコーゲンとして蓄えられ、
(これを、同化作用といいます)
血糖値は上昇せず、尿からも排泄されません。
この差を埋めるべく、
糖尿病の患者さんにインスリンを投与、または内服薬でインスリンを分泌させると
ブドウ糖が尿から排泄されなくなります。
ですから、インスリンの働きで体重が増えるのは、
糖尿病の患者さんの尿から排泄されていたブドウ糖が、
骨格筋や肝臓に取り込まれて、体内に留まることによるものです。
糖尿病がもっと重篤になって著しい体重減少が起こるのは、
筋肉が崩壊してできたアミノ酸から尿素やブドウ糖が、
また、脂肪分解でケトン体が産生され、それらが腎臓や呼気から排泄されるからです。
インスリンの作用があると、これらの排泄が起こらなくなって体重減少を防ぐ、
つまり、インスリン不足時に比べると体重を増やすことになります。
このように、糖尿病の患者さんへのインスリンの作用はどちらも、
体内から流れ出していた物質が体内に留まることによるもので、これを
「インスリンの同化作用による体重増加」
と名付けるのは、とりあえず良しとします。
インスリンを投与時に体重が増える原因としては、もう一つ、
体内に入ってくる糖の量が増えるからという可能性もあります。
(血糖値が下がることと矛盾するようですが、
腸管から多く吸収しても、筋肉や肝臓への取り込みを増やすなら、
血糖値は下がりますから、確認しておく必要はあります)
しかし実際には、インスリンにこの働きはなく、インスリンを投与してもしなくても、
以前の記事 [6]で述べたように、摂った糖質が腸管から吸収される割合はほぼ100%です。
さらに、付け加えておくと、
糖が急激に吸収されるのを防ぐ糖尿病の薬(αグルコシダーゼ阻害剤)を服用しても
体重は減りませんが、それは、
そのあと長い腸管を通過する間に、結局は同じ量、ほぼ100%の糖が吸収されるからです。
健康人は、インスリン作用の有無で、物質の排泄量・体重に変化なし
準備ができたところで、
健康人が、食物繊維とともに糖質を摂るとどうなるかを考えます。
食物繊維で糖の吸収を遅らせても、結局は長い腸管を通る間にほとんど吸収されます。
(先ほどのαグルコシダーゼ阻害剤のときと同じです)
このときインスリンが出なくても、吸収された糖は筋肉などにゆっくりと取り込まれ、
血糖値は上がらないので、吸収された糖が尿から排泄されることはありません。
そして、このとき、インスリンが出ていなくても糖が取り込まれている、
(すなわち同化されている)ことに注意してください。
したがって、健康人が食物繊維を摂っても、
摂らないときと糖の吸収量は同じで、糖の排泄量も共に0ですから、
体重は全く減りません。
このように考えてきて、
健康人では、インスリンによる同化作用を阻止しても体重が減らない
ことが分かりましたが、この「敗因」は、先ほどはとりあえず良しとした
「インスリンの同化作用による体重増加」が、
糖尿病患者にしか起きない現象なのに、健康人でも起きているとしたこと、
に求めることができます。
理論的には、糖尿病で食物繊維を摂ると体重が増える
それだけではありません。
これらの結果をまとめると、次の表のようになり、
条 件 |
糖尿病 状態 |
食物繊維なし →糖急速流入 |
イ分泌亢進 →体重増予想 |
血糖上昇 →尿糖排泄 |
体重増現実 | 予想と現実の 一致 |
1 | ○ | ○ | × | ○ | × | ○ |
2 | ○ | × | × | × | ○ | × |
3 | × | ○ | ○ | × | ○ | ○ |
4 | × | × | × | × | ○ | × |
条件4の行で、健康人の体重が減らないだけでなく、
条件2の行で、[体重増現実]の列を見ると、
この記事の始めに書いた、
糖尿病の患者さんに(総カロリーを減らさず)食物繊維を多く摂ってもらっていたとき、
体重はかえって増えていたのかもしれないことが分かります。
(もし体重が増えていれば、
インスリン抵抗性:同じ量のインスリンがあっても血糖値が下がりにくくなる傾向、
が増えるので、血糖値が下がらなかった説明も付きます。
ただ、体重は、量的に分かるほどには増えなかったのかもしれませんし、また、
増えるかもしれないと思ってみていなければ、増えていても分からないものです)
とんでもダイエットの退場を促せば、新たな とんでも も出にくくなる
この記事でしてきたように、
体に出入りする物質やエネルギーの量を調べていく
という手法 [5]を注意深く、面倒がらずに使っていけば、
誤ったダイエット法で効果が出ない原因を突き止められることがあります。
このブログでも、
・30分以上歩かないと脂肪が燃えない、なら「只エネルギー」で歩けることになり、
明らかにエネルギー保存の法則を犯しているという誤り [7]
・bmal1が夜間に脂肪合成を促進するなら、
昼間合成が抑制されたときに糖など脂肪の原料の行き場がなくなり、
質量保存の法則を犯しているという誤り [8]
・蛋白質が壊れた時に出るエネルギーを消費エネルギーに加えない誤り [9]
が原因で体重が減らないことを解き明かして来ました。
それを解くまでの面倒さ、それを表現するむずかしさを経験し、
さらに、今度は読み解く方に必要な根気のことを思うと、先は長い気がします。
ただ、今ある とんでもダイエットに、地道に退場を促していけば、
新たな とんでも の登場も少しずつ減っていくだろうと思っています。